ユーザーディスクの作成
ゲームを始める前にまずユーザーディスクの作成を行います。ブランクディスクを1枚用意してください。
ドライブ1にゲームディスク#2、ドライブ2にブランクディスクをセットし起動してください。
ユーザーディスク作成モードが立ち上がります。
ユーザーディスクを作成後、画面の指示に従いドライブ1のディスクをゲームディスク#1に交換し、
リターンキーを押すとゲームが起動します。
以降、ゲームを起動するにはドライブ1にゲームディスク#1、ドライブ2にユーザーディスクをセットしてください。
このゲームはユーザーディスク1枚につき、1つのセーブデータだけが保存されます。
ゲーム起動時にセーブデータが存在する場合はそのデータが自動的にロードされ再開されます。
ディスクへのセーブは任意のタイミングで行えますが、フロア移動時に自動セーブも働きます。
自動セーブのデータはディスクに書き込まれませんが、
任意のロードまたは、体力を失いゲームオーバーとなった時は自動セーブデータからの再開となります。
ユーザーディスクはコピーが可能です。
ドライブ1にユーザーディスク、ドライブ2に新しいブランクディスクをセットし起動すると、
ユーザーディスクのバックアップモードが立ち上がるので画面の指示に従ってください。
または、ゲーム中にユーティリティ画面で[バックアップ]を選択することでもユーザーディスクの複製が可能です。
ただしゲーム中、別のユーザーディスクに交換することはできません。
別のユーザーディスクを使用するには再起動が必要です。
GDCクロックが5MHzでは機種によって正常に動作しないことがあります。
この場合は、本体のディップスイッチ2-8をOFFにしてGDCクロックを2.5MHzにして下さい。
ゲームプレイ
このゲームは主人公アレスを操作して広大なダンジョンからの脱出を目指すアクションロールプレイングゲームです。
すべての行動がマウスだけで行えるフルマウスオペレーションシステムとなっています。
キーボードでも多くの操作は可能ですが、カーソルの移動だけはマウスでしかできません。
移動は前進、後退、向きを変える、向きを変えず横移動、ジャンプの5種類です。
|
カナキーを押すとアレスの周りにガイドラインが表示されます。
これらの各ブロックの位置をクリックすることで各行動をとることができます。
ジャンプは1マス分飛び越えることができ、浅い落とし穴からの脱出にも使います。 |
ブロック |
行動 |
カーソル |
キーボード |
1 |
ジャンプ |
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Shift+↑ |
2 |
左を向く |
|
← |
3 |
前進 |
|
↑ |
4 |
右を向く |
|
→ |
5 |
向きを変えず左移動 |
|
Shift+← |
6 |
後退 |
|
↓ |
7 |
向きを変えず右移動 |
|
Shift+→ |
マウスでの操作には3つのモードがあります。
矢印カーソルの通常モード。
ルーペカーソルの見るモード。
手カーソルの手を使うモード。
モードの切り替えは右クリックで行います。
またはキーボードの[ROLL UP]キーを押している間は見るモード、[ROLL DOUN]は手を使うモードに切り替わります。
通常モードでは移動の指示、アイテムの使用を行います。
見るモードは床を調べる、
プレートを読む、アイテムのデータを確認する等に使用します。
手を使うモードは
スイッチを操作したり、宝箱やドアを開けたり、アイテムを拾ったり捨てたりします。
ダンジョン内の調査、操作対象は主人公の目の前にある必要があります。離れた位置をクリックすると移動動作になります。
画面右下のアイコンをクリックすることでも移動とモードの切り替えが行えます。
一番上のアイコンは左から見るモード、ジャンプ、手を使うモードです。
アレス自身をクリックし続けると盾を構えます。
敵が目前にいる場合にはアレスをクリックするか前進行動をとると敵を攻撃できます。
見るモードで目前のモンスターをクリックすると、モンスターのデータを見ることができます。
キーボードで操作する場合は、スペースキーで防御、攻撃ができますが、通常モードである必要があります。
「CTRL」キーを押しながら一度攻撃すると、モンスターのデータが表示されます。
見るモードでアレスをクリックするとアレスのステータスを確認できます。
生命力 |
LIFE |
アレスの体力。0になるとゲームオーバーとなり、セーブデータから再開します。 |
精神力 |
MAGIC |
魔法のスクロールを使用するのに必要な力です。 |
腕力 |
STR |
力の強さ。攻撃力に影響します。 |
賢さ |
INT |
知力。魔法の効果に影響します。 |
耐魔法 |
MGR |
魔法に対する耐久力です。 |
幸運度 |
LUCK |
一定のリズムで変化する値で様々な行動に影響を与えます。 |
攻撃力 |
|
STRと装備している武器の強さを合わせた値です。 |
防御力 |
|
装備している鎧と盾の防御力を合わせた値です。 |
STRは敵を攻撃することで、INTは魔法攻撃で、MGRは敵から魔法を受けることで上昇していきます。
敵を倒すことで経験を積み上げていくとLEVELが上がります。レベルアップとともにLIFE、MAGICの最大値も上がります。
魔法はスクロールか指輪を使うことで使用できますが、指輪はMAGICを消費しません。
主要ステータスは画面左に常に表示されますが、その一番上にある「REST」ボタンを押すと休息に入ります。
休息中はLIFEが徐々に回復します。MAGICは通常時でも時間の経過とともに回復します。
休息中にモンスターから攻撃を受けた場合、通常より大きなダメージを受け、自動的に休息モードから抜けます。
またこのゲームはプレイ時間が計測されていて、休息中でも時間は経過します。
右クリックで休息から抜けます。
キーボードの「INS」キーを押すことでも休息に入ることができ、「ESC」かリターンキーで休息から抜けられます。
アイテム
|
アレスの所持品はまとめて画面右上にアイコンで表示されます。
通常モードで各アイテムをクリックするとそのアイテムを使用します。
アイコン右下の数値は、そのアイテムの残り使用可能回数です。
武器も消耗品扱いなので攻撃するたびに減っていきます。
テンキーの各キーはこのアイテム欄に対応しています。
一番上の列が「HOME」「HELP」「-」キー。
一番下の列が「0」「,」「.」キーです。
キーを押すことでその位置のアイテムを使用できます。 |
武器の場合はクリックした武器を装備します。装備した武器には枠が付きます。
すでに装備している武器をクリックすると外します。
鎧と盾は新しく手に入れたものとの入れ替えのみで、現在の装備を外すことはできません。
見るモードでアイテムをクリックするとそのアイテムのデータを表示します。
手を使うモードではアイテム欄上でカーソルが
ごみ箱に変わります。
この状態でアイテムをクリックするとそのアイテムをダンジョン画面に置きます。空の宝箱がある場合はその中にアイテムを収めます。
置いたアイテムは手を使うモードで拾うことができます。
ダンジョン内でお店に入ると買物モードになります。
通常モードで商品をクリックすると購入、自分のアイテムをクリックすると売却ができます。
見るモードで商品をクリックするとデータを確認できます。
またどちらのモードでも店主をクリックすると会話することができます。
商品が一画面に表示しきれない場合は、
をクリックしてスクロールすることができます。
店から出るには「EXIT」をクリックしてください。
ユーティリティモード
ダンジョン画面上部に表示される「UTILITY」ボタンをクリックするとユーティリティモードに入ります。
キーボードの「DEL」キーを押すことでもユーティリティモードに入れます。
ユーティリティモードからは右クリックか、「ESC」キー、リターンキーで抜けられます。
画面モード |
遅いマシンの場合、200ラインモードに設定すると少し動作が早くなります。
もともと速いマシンの場合はこのモードに設定しても変化ありません。 |
マウス移動速度 |
4~64までの間で設定します。数字が大きいほど速くなります。 |
メッセージ速度 |
「遅い」「普通」「速い」「最速」から選択します。 |
BGM |
BGMの有無を設定します。 |
ゲーム速度 |
ゲーム全体の速さを設定します。
「移動高速」の場合、プレイヤーが動いている時のみ高速になります。 |
セーブ |
現在の状態をディスクに保存します。 |
ロード |
セーブデータから再開します。
自動セーブデータからの再開となります。 |
バックアップ |
ユーザーディスクにはセーブデータがひとつしか保存できません。
特定の時点のデータを残しておきたい場合は、
このバックアップ機能でデータを別のディスクに保存してください。 |
ゲーム終了 |
現在の状態を保存後ゲームを終了します。 |
セーブ地点からどうしても先に進めない状態に陥った場合、
ゲームオーバー後やユーティリティからロードの時に「CTRL」キーと「B」キーを押しながらロードすると、
任意の場所にワープすることができます。ただし、ワープには非常に大きなパワーが必要なため、
LEVEL他、アレスのステータスがすべてダウンしてしまいます。
ユーティリティモード中はプレイタイム計測が止まります。ゲームを一時停止したい時はユーティリティモードに入って下さい。
ユーティリティモードはアイテム欄の並べ替えができます。
アイテムをクリックするとカーソルがアイテムのアイコンに変化するので、移動させたい欄をクリックしてください。
また同じ種類のアイテム上に移動させるとアイテムをひとつにまとめることができます。
ただし、毒薬と薬を混ぜると中和して使用回数が減ります。また指輪は合体に失敗し使用回数が減ることがあります。
一つのアイテムの最高使用回数は99です。
マッピング
このゲームでは踏破した地点が自動的にマッピングされ画面左下にフロア名と共に表示されます。
このマップにはプレイヤーが好きにマークを付けることもできます。
カーソルをマップに合わせるとマップ名がパレットに変化します。
色をクリックで選択し、印を付けたい地点をクリックしてください。
スポイト機能もあり、右クリックすることでカーソル位置の色を選択することができます。
マップに書き込む場合、通常画面ではゲームが進行しているため反応が鈍くなることがあります。
その場合はユーティリティモードで描き込んでください。
ビスタルの野望
偉大なるドラゴンに守られし小国ビトール。
街の中央には世の平穏を象徴するかのように巨大で荘厳な塔がそびえ立っていた。
街は太古より存在する塔を囲むようにつくられ、暮らす人々は、どの顔も活気に満ちていた。
満ち足りた繁栄は、時として邪心をはぐくむ。
ここに、密かな野望を抱く王がいた。時の王ビスタルは今日の繁栄だけに飽きたらなかった。
彼はその地方的権力に甘んじることなく、より強い権力を望み、勢力の拡大を夢みていたのだ。
国は王ビスタルと、祭事を受け持ち巨大な塔を管轄とする大僧正バヌノアとの調和ある政策の上になりたっている。
その調和が一つの伝承を発端として崩れようとしていた。
この国のどこかに「全てを制する力の源」が存在する。
ビスタルは子供の頃、おとぎ話として聞かされた伝承に、今さらながらに興味をひかれていた。
それが事実ならば野望を抱くものを十分に魅了するものだった。
伝承は太古から大僧正のみに受け継がれ、王家にも明かされないものとされている。
祭事の聖域とされる塔の上層は王さえも侵入の許されぬ空間だった。
ビスタルは伝承の真実を確かめるべく、大僧正バヌノアに詰め寄った。
「伝承が真実ならば、さらなる繁栄のために、力の秘密を語られよ」
「それは恐れ多き行為であられる。たとえ火の雨が降ろうとも、それを語ることはまかりならぬ。」
幾度の問答を繰り返しても、大僧正は語ろうとしなかった。
「もし、それが存在するならば……」
ビスタルは先史の遺産である巨大な塔にこそ、その鍵になるものがあると期待した。
王は大僧正をあざむき、僧侶を装わせた調査官を塔の内部に送り込んだ。
やがて、いく日か過ぎ、探索をつづけていた調査官が、塔から一冊の古びた書を持ち帰った。
その書には判読の困難な古代文字がつづられていた。
ただちに王は国中の学者たちを集め、古代文字の解読をさせた。
徐々にその内容が明らかになるにつれ、解読に携わる学者たちに不安の表情が浮かび始める。
「我々は、知ってはならぬことを知り、今、触れてはならぬものに触れようとしているのではないのだろうか……」
古代文字でつづられたその書面には、ビスタルの期待どおり恐るべき力の秘密が記されていたのだ。
"ビトールの守護神である偉大なるドラゴンと、そのすべての力の源は塔の頂上に存在する。"
"そして、その力の源を制する者は世のすべてを制する者となる。"
"されど悪しき心を持つ者は決して近づくなかれ。"
"解放を待つ力は、汚れた者には汚れを与え、清き者には清きを与えるものなり……。"
学者たちはその事実を王に伝えるべきか迷いあぐねた。
それが無駄な迷いであることを知りながら、
各々が国を代表する知恵者として、心に浮かべずにはいられないことがらと悟っていたのだ。
内容を王に伝えた学者の声は、病の床で苦しむ老人のように震えていた。
王は心中に秘める野望を達成するために、この報告を聞き逃すべくもなく、微笑みを浮かべ、あやまちの決断を下した。
「力は有益であるゆえに露見を惜しんでいるに違いない。警告の言葉など、ただの脅しだ。力は使ってこそ価値があるのだ」
王は警告を無視し、絶対的権力を我がものにしようと動き出した。
数日後、密かに組織した王の軍隊は聖域の塔に投入された。
その動きを知った大僧正バヌノアは、慌てふためいて軍隊の前に飛び出した。
「待たれい! 神聖なる聖域に兵が踏み入るとは……。去れっ、去られよ! 即刻、ここから立ち去るのじゃ!」
老人とは思えぬ剣幕でバヌノアは叫びたてた。
その声に、兵士たちの後ろからビスタルが静かに歩み出た。
「大僧正。王の行動を阻んだ罪として、この場で切り捨てる」
「愚かな……」
ビスタルはわずかに首を動かせ妨害者の抹殺を命じた。
無表情な兵士の一人が剣を抜き、バヌノアの肩口に振りおろす。大僧正は声もたてず息絶えて崩れた。
兵士たちは再び歩き始める。
上層に行くにしたがい、不思議な神気が増長するのをビスタルは感じた。
軍隊は塔の頂上を目指し、黙々と薄暗い回廊を進んだ。
やがて、いくつもの階段と扉を過ぎ、ビスタルの率いる軍隊は塔の頂上に達した。
塔の頂上の中央には鎮座する巨大なドラゴンの石像が据えられてあった。
「石像か……。守護神と讃える"偉大なるドラゴン"が石像だったとは……。伝承とは、所詮このようなものなのか……」
王が幻滅を感じ始めたとき、ドラゴンの石像は青白い光を帯び、しだいに生気ある青きドラゴンへと移り変わった。
兵士たちはどよめきの中で見ていた。
野望に魅入られた王は恐れることなくドラゴンの前に立った。
「偉大なるドラゴンよ! 我はビトールの王、ビスタル。すべてを制する力の源を我に与えたまえ!」
その呼びかけに、ドラゴンはビスタルの心に直接答えた。
「血塗られた王よ……。汚れた王よ……。あやまちの王よ……。邪心をもちし王よ。
そなたの心は醜さの形象なり……。ならばその心そのものの醜き姿を与えるものなり……」
ドラゴンは一度翼を伸ばし広げると、長い首と翼を屈めて全身で包み込むような形をとった。
ふいに前屈みに包み込んだ翼の隙間から、強烈な光がほとばしった。
「力を解放させてはならん! 切れっ! ドラゴンを切り捨てよ!」
ビスタルは後悔に震え、叫んでいた。
兵士たちは怯えながらも剣を抜き、つぎつぎとドラゴンに向け切りかかった。
守護神である偉大なるドラゴンに剣先を向けたのだ。
偉大なるドラゴンは抵抗しなかった。
ただ、なすがままに兵士たちの剣を受け、光を放ちつづけた。
偉大なるドラゴンは最後になげきに似た叫びを上げ、自らの命と引きかえに力を解放したのだ。
その力に、呪われた王は心そのものの邪悪で醜い姿に変えられ、
力は強大なるものゆえに、背信の国家ビトールには、それ自体に封印が施される運命を与えられた。
力はビスタルと兵士たちに及ぶものだけにとどまらず、塔とその周辺を一夜にして民とともに、
地底の奥深くへと埋没させたのである。
それから千年。
悠久と思われるほどの刻は流れ去り、この地にドラゴンを守護神として栄えた国があったことを知る者はない。
荘厳な塔も、呪われた王も……。すべては都とともに地中に埋もれ、伝説にもならない失われた歴史となった。
そして今、地上の民から忘れ去られた過去の残像が、人知れず地の底で地上の光を求めて不気味な胎動を始めていたのだった。
青き月の都
自分の住むその地に、かつてどのようなことがあったかを知る者がどれだけいるのだろうか。
人は常に現在に生き、現在に死んでいく。
人の一生など果てしなく流れ去る歴史の中では一瞬にすぎない。
どれほど野心があろうとも、どれほど命ごいしようとも、定められた一生の時間は変わりようもなく、
人は現在に生き、過去は永遠に過去として語られるしかない。
その結果、語られることのない過去は無きものとなる。
ここにも語られることのない過去を持つ国があった。
バノウルドは美しい景観をもつ小国だった。
とくに青き月夜の景観は旅人たちの間にも絶景と噂されるものだった。
取りまく城壁からのぞく高い塔。城壁へとつづく石畳の橋。
城のすぐ近くまで流れる大河はよどみもなく清らかに流れ、月夜ともなれば、その仄かな明かりを水面に美しく映し出す。
この絵画から切り取ったような美しい景観を見れば、この地に失われた忌まわしい過去があったことなど誰にも想像できないだろう。
だが、その過去ゆえにか、美しさとは裏腹に、この国は今、ゆるやかな病にむしばまれていた。
もともとが街道を外れた小国である。いくら美しい国といっても正統な国策では満足な繁栄は望めなかった。
国王ベフュースはその土地がらを利用して、諸国を追われた犯罪者たちを庇護し、
治外法権を名目としてホトボリが冷めるまでこの国に潜伏させていた。
彼らはお互いに殺し合い、賞金首を落とし合う。どの首も落ちれば金に変わった。
その何割かを税として国に支払わせ、国の豊かさは保たれる。
荒療治の国策として始まったものだったが、いつしかこの国を訪ねる無法者たちの数が膨れ上がるにつれ、
首切税を着服し、私腹をこやす官吏たちが現れ始めた。
美しい景観に似合わず城は腐敗し、街の中では暴力的な匂いが充満していた。
おかげで普通の旅人はここ数年、ほとんどたちよる者はない。
青き月の都は今や荒廃の一途をたどっていたのである。
流浪の剣士
夕暮れになった頃、一人の男がバウノルドの街に着いた。
酒場の看板の文字がかろうじて読める明るさだった。看板にはビトリック語で「マロドの店」と掲げられていた。
「マロド」とは「賓客」を意味する言葉だ。
吹き溜まりの酒場にしては気の利いた冗談だと、男は思った。
長旅で砂塵にもまれたのか、男は汚れた姿で酒場の前に立っていた。
麻の衣服も見すぼらしく薄汚れ、脛に巻いた脚絆には乾いた土がこびりついている。
取り立てて筋肉質でもなく、一見すればただの中肉中背のどこにでもいそうな男だった。
酒場の扉を開ける時、腰に巻いた長剣がカチャリと音をたてた。
「おっと、待ちな」
でっぷりとした男が、ドスのきいた声で進路をふさいだ。
「この酒場はお尋ね者しか入れねぇんだ。それもちょっとばかしの賞金首じゃダメだぜ──」
門番とばかりに侵入者を値踏みする横柄な態度だった。
酒場から洩れたランプの明かりが薄汚れた男の顔を映し出す。
その顔を見て、でっぷりとした男は息を止め、口をつぐんだ。
薄汚れた男の名はアレスと言った。
ある時は賞金首として追われ、またある時には賞金稼ぎとして追う側に回ることもある。
すべては成り行きまかせ、傭兵にもなれば用心棒にもなる、脈絡のない男だった。
どこの壁にも彼の人相書きは貼られているが、手強すぎて誰も手が出せない。
もっかのところ、アレスはそういった賞金首だった。
騒がしい酒場だった。酒の匂い。あぶった香草の出す煙。
足を拡げて酒を呑む男たち。どの面構えも四、五人は殺したことがありそうな顔をしていた。
アレスは男たちの間を抜けて、奥のテーブルに向かった。
通り過ぎたテーブルの声が大きい。
「北東の大穴には行ってみたかい。面白れえほどのお宝が眠っているらしい」
「化物がうようよいるそうじゃないか──」
「ここに集まった賞金首みたいにか。お前の首にはいくら懸かっているんだ?」
男たちがすすけた壁に目をやると、黄ばんだ肖像画が所狭しと貼り列ねてあった。
「なんだ、たったの50ゴールドか──」
相席の男が、目の前の顔と同じ顔の描かれた似顔絵を見て、つまらなそうに言った。
「どいつが一番値がいいんだ。」
「そりゃ、あいつだろうな。百万ゴールドの賞金首だ」
目ざとい男が入ってきたアレスに気づいて言った。
誰かが口笛を鳴らした。
「こりゃー大物がかかったぜ」
「ここまで来た甲斐があったってもんだ」
「よせよ、同業のよしみで忠告するが、あいつだけには関わらねぇ方がいいぜ」
アレス一人を片付ければ当分贅沢をするだけの金が得られる。
いくらやめた方が無難だといわれても獲らぬ皮算用によだれを垂らし出す者までいた。
ただの場末の酒場なら、この場で斬り合いが始まっても不思議はなかった。
だが、ここは一流の賞金稼ぎと賞金首が集う酒場だ。
互いを値踏みするためにつくられた暗黙の中立地帯だった。
頼んだ酒を呑み、酒場を出るまではすべては保留だった。
アレスは背中に刺すような視線を集めながら、しばらくの間、酒を楽しむことに決めんだ。
「大穴のことを聞きたいのかね」
もう何度も同じことを話したのだろう。店番の老人はわずかなチップで流れるように語り始めた。
「バノウルドの北東に小さな湖ほどの広さがある大穴が口を開けておる。人間の欲望が形となった穴じゃ。
一攫千金を狙い、金を目当てに集まってきた男たちが掘り起こしたものじゃ。
数年前、物好きな山師が一粒の金を見つけて以来、何もなかった大地にあっという間に巨大な穴ができあがった。
大穴は摺り鉢状に掘られ、ちょうど段々畑のように一断層ずつ土をむき出しにして深みへと下っていく。
そうさのう……、外周はらせん状につながっておって、穴の底まで荷車を引けるようになっておったわ。
噂を聞きつけて集まってくる者はあとをたたず、瞬く間に付近には人足たちのバラック小屋が建ち並んだのさ。
じゃがな、大穴がゴールドラッシュに湧いたのも、一年前までじゃった。
ある日、最深部を掘っていた人足がツルハシの予想外の手応えに作業の手を止めた。
驚くべきことに、崩れた土は地面の内側に吸い込まれた。
人間が掘った大穴の下に、地中に封じられた空間が見つかったのじゃ。
その日から、何かが変わった。行方不明の者が続出し、奇妙なうめき声を聞いた者や化物を見たという者が現れ始めた。
初めはよくある利害絡みの顔役の謀略くらいに思っておった。
ところが、いつの頃からか人足たちの間に、夜な夜な大穴から這い上がり人間を襲う化物の噂が広まったのじゃ。
金が目当ての男たちといっても、所詮は命あってのものだった。
一人、また一人と、この穴を離れ、あれほど人集まりのあった大穴も、ついに誰もいなくなってしまったというわけじゃよ。
あんた、行ってみるかい? いくらあんたの腕っぷしでも、保証はできないよ」
冥府への穴
大穴の縁に立つアレスは欲望の残骸を見た気がした。
最盛期には岩を崩すツルハシの音や、
自分の掘った穴の権利を主張する人足たちの声で賑わっていたはずのこの場所も、
今では動くものは何もなく、放置された掘削道具や、やぐらに使う丸太がそのままに転がっている。
金を選別するためにあつらえた特注の水桶も干涸びて、いく筋もの割れ目が奔っている。
アレスは身軽に段差を一段飛び下りた。
傾斜の所々には蟻の巣のように縦穴や横穴が無秩序に延びている。
そんな景色が妙に虚しさを誘っていた。
蟻地獄のような摺り鉢の真ん中には、虚ろに口を開けた小さな穴が見える。
(あれか……)
そう思った時、突然背後から女の声がした。
「アレス!」
意識的に潰した、女の声だった。
その声には聞き覚えがあった。
振り向くと、およそこの場所に似付かわしくない金髪の女が、険しい表情をして凄んでいた。
「さがしたわよ。よく今まで賞金稼ぎに首を獲られなかったものね?」
形の良い口元を曲げ、やっと見つけた標的に冷笑をあびせかけた。
女は一段高い縁の上から杖を向けている。魔法使いの使う物だ。
「そうよ。そうでなくっちゃね。あんたはこのドーラが……。あたしのこの手で始末しなきゃ気がすまないわ!」
魔法使いの娘はドーラと言った。
五年前、ふとした行き違いでアレスはドーラの師匠であるバルカンを殺害した嫌疑をかけられた。
それ以来、アレスの行く先に現れては仇だなんだとつけ狙う、いい加減うんざりする相手だった。
「いつも、いつのまにか逃げられちゃうけど、今度ばかりは年貢の納め時ね。師の仇はきっちりとつけさせてもらうわ」
美しい金髪と身にまとったローブが摺り鉢をそって吹きあがる風にそよいだ。
その時──。アレスは風の中に別の気配を感じた。閃光のように、ドーラも同じものを感じた。
深い地中から沸き上がる邪悪な想念は、対峙する二人のやりとりよりもはるかに重く、辺りの気配を瞬時にして変えさった。
「ここには、化物が出るって噂だな……」
アレスの問いにドーラは頷いた。
「噂だけじゃない。人足たちはそのためにここから逃げ出した」
ドーラの口調から険しさが消えていた。
アレスは表情を一瞬鋭くさせると、踵を返して段差を連続で飛び降りる。
大穴の縁に残されたドーラは呆気にとられた。
「待って。どこへ行くのよ!」
遅れてドーラが摺り鉢の底に着いた時、アレスは身を屈めて地中につづく穴を覗いていた。
(確かに、ここから感じた……)
穴から感じた気配はもう消えている。
そのまましばらく穴を覗き、やがて、ようやくドーラを待たせたままでいたことを思い出した。
「まだいたのか?」
「馬鹿におしでないわよ!」
仇討ちに水を差され、完全にいきりたっていた。
ドーラはアレスを睨んだまま少し後退ると、杖を持っていない右腕を掲げた。
「この大穴があんたの墓になるのよ。覚悟なさい!」
白く細い指先を拡げた掌の上に、渦を巻くように火球が生まれる。
力を入れたようすもなかった。ドーラが無造作に腕を振ると、火球は生命を得たようにアレスに放たれた。
素早くかわしたアレスの後ろで土砂が破裂する。
狙いを外したドーラの顔が口惜しくゆがんだ。ドーラは大きく跳び退き、次の火球を放った。
「あの世であたしの師匠にあやまるのね!」
避けることはたやすかった。
だがアレスは火球の軌道を計算し、「やばい」と感じた。
今度も軽く跳躍するだけでドーラの攻撃をかわす。
火球はアレスが頭で描いたとりの軌跡をたどり、地下への穴に吸い込まれる。
ドーラの放った火球は穴に消え、穴の底から低い地鳴りがし始めた。
共鳴した震動は摺り鉢の中を轟音になって駆け巡る。
ひときわ低い震動が足元から広がったと感じた瞬間に、摺り鉢の底からむき出しの斜面に向けて、いく筋もの亀裂が奔った。
縁は安定の悪い部分からメリメリと音をたてて崩れ落ちる。
いきなり摺り鉢の底が抜けた。
逃げる隙もなかった。土の塊や岩、土砂に混じり、
アレスもドーラもたちまち底の抜けた摺り鉢から地下深くへと落下していった。